第100回ダービーまで乗る!競馬をギャンブルからスポーツに変えた武豊

興味がなかったりほとんど知らない分野の話であっても、その人の名前だけは聞いたことがある、という存在の人っていますよね?
競馬における武豊騎手がまさにそういった存在であると思うのですが、たとえ競馬をしない、よく知らない人でも「武豊」の名を聞いたことがない人ってあまりいないのではないでしょうか。
日本中央競馬(JRA)所属の武豊騎手は、JRA歴代最多勝利記録および歴代最多騎乗数記録保持者です。

現在も現役ですので、騎乗する度、勝つ度にこの2つの記録は更新され続けているのです。
面白いのは、すっかりべテランジョッキーとなった武豊騎手は記録によって「最年少」になったり「最年長」になったりすることです。
これも長く現役で活躍しているからこその珍記録です。

そんな武豊騎手も2010年の落馬事故によって長期離脱を余儀なくされ、復帰後も長いスランプを経験しました。
騎乗数も減り、なかなか結果が出ない時期が続いたのです。

競馬は成績上位の騎手に良い馬の依頼が行くという流れがあるため、成績が振るわない時期にはどうしても強い馬が回ってこない傾向があります。
そして騎乗数も減っていくのです。
本当にシビアな勝負の世界です。

そんな時、武豊騎手に積極的に騎乗を依頼したのが「メイショウ」の冠名で有名な松本好雄オーナーでした。
現在は、生産と育成を兼ねている大手牧場の会員制馬主が増えています。

もちろん個人馬主もたくさんいますが、長期に渡って馬主業を辛抱強く続ける馬主はさほど多くはありません。
この松本オーナーは、武豊騎手の父親である邦彦さんが現役の時代からの、言わば老舗馬主さんです。
兄の豊騎手だけでなく、現在は調教師として厩舎開業に向けて準備中の弟、幸四郎さんにも多くの馬を乗せていました。

その松本オーナーが、武豊騎手の窮地に手を差し伸べてくれたのです。
人を育てる馬主が減っている中で、昔ながらの馬主さんの心意気のようなものを感じました。

武豊騎手の功績は、数字に現れているものばかりではありません。
武豊騎手は、それまでギャンブルとしてしか認識されていなかった競馬をスポーツに押し上げたのです。
武豊騎手がきっかけで、多くの女性ファンが競馬場に足を運ぶようになりました。

最近は武豊騎手の年齢を取り上げて、現役騎手に対してかなり失礼なインタビューを目にする機会もあります。
そんな時武豊騎手は「第100回ダービーまで乗るのが目標」と答えています。

100回目のダービーの時には、63歳になる武豊騎手ですが、もしもできることなら本当にその姿を見てみたいです。
競馬の概念を変えた現役のレジェンドが、第100回ダービーに乗る姿を信じて、これからも応援していきたいと思います。

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