本田圭佑は再び主役に戻ることはできるのか?

栄枯盛衰は世の中の常である。
この言葉が彼ほど似合うサッカー選手は本田圭佑を除いていないだろう。

我々の目には今でも2010年6月に開催されたワールドカップ・南アフリカ大会の第3戦のデンマーク戦で本田圭佑が直接フリーキックでゴールを奪った彼のシュートが焼き付いている。
名目共に彼が日本代表のエースの座を中村俊輔から奪い取り自分がエースに取って変わった瞬間だっただろう。

間違いなく2010年のワールドカップを起点に日本代表のエースの座は本田圭佑へと移り彼がチームの中心になった転換点だった。
実際にワールドカップ後に代表での存在感を高め続けて結果も残し続ける。

2011年のアジアカップでは、日本代表の2大会ぶりのアジア制覇に貢献し、本田圭佑は同大会の最優秀選手にも選ばれている。
まさにアジアでは敵なしの男で、誰もが憧れ日本代表サポーター自慢のエースだった。

2013年6月中旬に行われたコンフェデレーションズカップでもチームとしては3戦全敗だったが、日本代表で唯一FIFA選定のグループリーグベストイレブンにも選出されている。
2014年6月に開催されたワールドカップでも孤軍奮闘するもチームは惜しくも1次リーグ敗退が決まってしまう。

しかし、この頃から本田圭佑の栄枯盛衰は始まっていたのかもしれない。
実際に所属チームのACミランでも出場機会が徐々に減っていく。

そして2016-17シーズンはヴィンチェンツォ・モンテッラが監督に就任したのちに彼のポジションはピッチ上にはすでに無かった。
その中でも日本代表には選ばれ続けるが、誰の目に見ても本田圭佑のプレーにかつての輝きはなかった。

そして本田圭佑の栄枯盛衰を決定づけたのは久保裕也の台頭だろう。
2017年3月23日、W杯最終予選のUAE代表戦でA代表初ゴールを決め、さらに続く3月28日のタイ戦でも2試合連続ゴールを決める久保の姿をベンチから本田は見つめるしかなかった。

かつて自分が中村俊輔からポジションを奪った時のように、新たな才能ある若手の台頭でスタメンを押しやられたのは自分だったのだ。
くしくも久保のポジションは本田の定位置である右サイドだった。

久保がゴールに絡むたびに対照的にベンチに座る本田圭佑の姿が映し出される。
その姿は栄枯盛衰の趣さえ感じる光景だった。

しかし、我々の知る本田圭佑はここで終わる選手ではないと信じている。
ACミランとの契約が切れた後に下す彼の決断が彼の今後の人生を大きく左右するだろう。

スタメンを取れなくてもヨーロッパにこだわるのか、Jリーグに戻ってきてかつての輝きを取り戻すのか、まだ挑戦していないアメリカの地へ渡るのか選択肢は多くある。

本田圭佑がどのような選択をするのかは我々には分からないが、一つ確信していることがある。
本田はこれで終わりではないこと、ACミランで日本代表でもポジションを奪われてすごすごと引退する男ではないということだ。
これから最後の本田の輝きに注目しよう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です