新井貴浩、過去の記録

いよいよ3月31日(金)に開幕するプロ野球ペナントレース。

その中でも、昨年、25年ぶりの優勝を成し遂げ、本年33年ぶりの日本一へ向かって突き進む広島東洋カープから今年も目を離せれない年になりそうだ。

特に注目したいのが、やはり40歳となった新井貴浩である。

新井貴浩は1998年のドラフトで6位の指名受けた。
当時は「プロ野球選手になるとは思わなかった」と言われてた選手であったが、必死の努力とカープという選手を育てる環境によって見事、才能を開花させていった。

2003年には阪神に移籍した金本の後を受け、その長打力と力強いフルスイングを見込まれ、カープの4番となった。
その圧倒的な長打力によって。2005年にはホームラン王を獲得した。

エース黒田博樹と共に、4番として低迷するチームを支え続けた。

しかし、2007年にFA権を取得した新井貴浩は悩みに悩んだ。
「自分の力を試してみるべきか、それとも愛するカープで戦い続けるべきか・・・」と。
今思えばプロ故の悩みであったのだと思う。
また、金本に面倒を見てもらっていたことで一緒にプレーがしたいという思いもあった。
そして新井貴浩の出した結論はFAすることであった。
記者会見では「カープが大好きなんで辛かったです・・・」という言葉を残し、阪神タイガースに移籍した。

しかし、彼が阪神のユニフォームを着て初めて、広島市民球場でバッターボックスに立った4月1日に、カープファンからブーイングを浴びた。
それでも新井貴浩は自分の可能性を信じ、必死に努力をしていった。
当初は、阪神の四番として活躍していた新井貴浩であったが、怪我と世代交代により出場機会が減るにようになっていった。

「ここで終わりたくない・・・」

そんな思いに駆られた当時37歳の新井貴浩は自ら自由契約となり、自分を受け入れてくれる球団を探すことにした、もし見つからなからなければ引退する覚悟であった。

そんな新井貴浩に真っ先に声をかけてきたのが、なんと広島東洋カープであった。
「帰ってこい」と。

新井貴浩自身が「信じられない、まさに夢のようなことだった」と語っているが、まさにその通りだ。“一度出ていった選手を受け入れる”カープという球団の度量の大きさを知った思いであった。

映画か漫画でも見ているのだろうか・・・

同じタイミングで同じ時期にメジャーに旅立った黒田博樹がカープに帰ってきた。

如何なる巡り合わせなのか、本当に不思議なことであった。
誰もが二人が移籍した2007年、そのようなことになるなどと誰が予想しただろうか。
まして新井貴浩においては、ブーイングを浴び、出て行ってしまった選手である故に、まさか帰ってくることになるなど信じられなかった。

しかし、新井貴浩には不安があった。
それこそ、自分にブーイングの嵐を飛ばしたファンたち・・・現実にチームを、ファンを裏切ってしまったファンにどう思われるのか。

それでも、新井貴浩は全てを捨てる覚悟であった。
“たとえ、罵倒され続けても、自分の死に場所はここだ”と腹を決めていたのだ。
かつて、ホームラン王を取った時の自分の状態に限りなく近づけようと、年齢との多戦いの中必死に努力していった。

そんな、新井貴浩の不安を吹き飛ばす出来事が起きた。
新井貴浩が広島入りした時に、それを出迎えたファンたちがいた。

「おかえりなさーい!」「ずっと応援していたんですよ!」と握手を求めるファン、サインを求めるファン。
私が感動したのは、新井貴浩が阪神移籍前に来ていた時代のユニフォームを取っていたファンたちである。

そして、2015年3月27日、マツダスタジアムで向かえたヤクルトとの開幕戦。
代打で登場した新井貴浩にマツダスタジアムを満員にしたファンは大声援を浴びせた。

赤い心見せ 広島を燃やせ 空を打ち抜く 大アーチ♪

阪神移籍前から新井貴浩に使われていた応援歌である。
まさか再びこの応援歌が高らかに鳴り響くことになるとは誰も思っていなかった。
奇跡の瞬間だと私は思う。

再びカープの四番となった新井貴浩は年齢に負けない活躍を見せた。

そして、2016年、背番号が28から25になった。
25は移籍前に背負っていた新井貴浩の背番号であった。

まさに、黒田博樹と共に、15番と25番が帰ってきた瞬間であった。

新井貴浩は、2000本安打を達成し同じく黒田は200勝を達成した。

そんなカープは若手、ベテラン、助っ人の一致団結によって快進撃を続けた。

新井貴浩も黒田も「優勝しかない!」という思いであった。

特に新井貴浩においては、「自分がファンに喜ばせてもらったので、今度は自分がファンの方を喜ばせたい」そんな思いであった。

同じ時期にプレーをしてきた監督緒方孝市は“黒田と新井にチームの精神的柱になってほしい”と願っていたが、まさにその通りとなった。

“ベテランが誰よりも練習し、ベテランが誰よりも声をだし、率先して模範となり、若手を引っ張っていく”人材育成において二人に学ぶことは多いと感ずる一人だ。

そして、カープは9月10日、見事東京ドームで25年ぶりの優勝を成し遂げた。

新井と黒田は抱き合い、それぞれ、宙に舞った。

まさに、二人して低迷期を支え、二人して同じ時期に移籍し、そして二人して同じ時期に帰ってきて、優勝に導く。
黒田も、20億円のオファーを断り4億のカープを選び、更に最年長故に体を酷使して戦い抜いてきた。まさに自分を捨てた二人が見事チームを優勝へと導いたのである。

本当に、ドラマか映画でも見ているのか、二人の不可思議なる運命は誠に不思議だと思った。

昨年、黒田博樹は引退したことにより、今度は新井貴浩がチーム最年長となった。

40歳の新井貴浩に託すのはただ一つ!
32年ぶりの日本一だ!

今年も赤い心で、広島のファンを真っ赤に燃やしゆく闘志を見せてくれるに違いない。

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