「その他」カテゴリーアーカイブ

錦織圭選手がATP世界ランキング第5位

1989年生まれ27歳、身長178センチ、体重75キロの日清食品所属の男子プロテニスプレイヤーです。
錦織圭(にしこり けい)さんと読みます。
圭という名前は、錦織 圭さんが生まれた時ご両親が「世界にも通用する外国人でも親しみやすい名前」という事で名づけたそうです。

出身地は島根県ですが高校は、青森山田高等学校を卒業しています。
青森山田高等学校は部活動が全国レベルで多くの有名スポーツ選手を輩出しています。
テニスラケットを持ったのは5歳の時で、小学校4年生の時には全国小学生テニス選手権大会に出場しました。

2001年、錦織圭さんが小学校6年生の時に全国24名の有力選手が集まる全国選抜ジュニアテニス選手権大会で優勝しました。
この大会で私の知り合いが錦織圭さんと対戦したのですが、ボールの早さと重さは別格だったと話していました。
もうこの頃からテニスの天才だったのですね。

そして、錦織圭さんはその大会を観戦しに来ていたテニスプレーヤーの松岡修造さんの目にとまり、「修造チャレンジトップジュニアキャンプ」に招待され参加します。
その後の学生時代は全て好成績を残す素晴らしい活躍をします。

そして2007年にプロへ転向し、2008年ATPツアーで初優勝。
2011年には日本人男子歴代最高ランクの30位にランクし、2014年グランドスラム準優勝、マスターズ1000準優勝、500シリーズ優勝2回に250シリーズ優勝2回の好成績を残し、アジア人男子初のATPワールドツアー・ファイナル出場が決まり、ATP世界ランクは第5位となりました。

2016年のリオデジャネイロオリンピックでは実に日本人では96年ぶりの快挙となる銅メダル獲得。
錦織圭さんが世界にも通用する力をつける事ができたのは、2013年にコーチに就任したマイケル・チャン氏の存在だと言われています。
マイケル・チャン氏も元プロテニスプレーヤーで1989年にわずか17歳で全米オープンを優勝した世界のトッププレーヤーでした。

錦織圭さんは世界で活躍しているにもかかわらず日本のバラエティー番組「とんねるずのスポーツ王」にコーチと共に出演し、とてもお茶目でおっとりとした愛くるしい姿がまた人気を高めています。
またカメラにサインしている姿が超カッコいいと話題を集めています。

木村沙織は日本のエースとして活躍した選手

先日、バレーボール選手の木村沙織選手が引退をしました。
ちょうど30歳という節目の年に引退。

彼女は高校生の頃から全日本代表に選ばれ、北京・ロンドン・リオオリンピックと3大会連続オリンピックに出場しました。
ロンドンオリンピックでは28年ぶりに日本チームで銅メダルを獲得しました。私は小さいころジュニアバレーボールをしており、試合も良く見ていました。
大人になった今でも全日本代表の試合があると見ています。

ずっと見てきた中で、こんなにも長く全日本でエースとして活躍してきた選手はいなかったのです。
もちろん若いころに代表に選出される選手は何人かいます。
けれど、ケガなどで離脱したり引退をする選手が多い中、木村沙織選手はほとんどケガをすることなく試合に出場し続けました。

世界でバレーをしている選手でも35歳ぐらいのベテランの選手は多く存在します。
木村沙織選手は30歳なのでまだまだやれるのでは?と思いますが、昨年結婚して「家庭を大事にしたい」という彼女の意思は固いように思います。

ママさんプレーヤーという選手もたくさんいるので、もしかしたら木村沙織選手もお子さんを産んでから復帰してくれるのではと期待しています。
木村沙織選手に次に続く選手が表われてくれる事を祈っています。

木村沙織選手、元日本女子バレーボール代表

52歳男性です。
バレーボール日本代表の木村沙織選手のファンです。

元々私も妻も高校時代から社会人になってもバレーボールをしていたので、バレーボールは好きなスポーツです。

その為、バレーボールのテレビ放映は家族揃ってほぼ欠かさず見ており、自宅に居ながら声を出して応援する程の熱の入り様です。

木村沙織選手は高校時代は東京の名門、成徳学園高校に通い、春高バレーやインターハイでの輝かしい成績が目に付きますが、高校時代から全日本メンバーにも選出され、2004年のアテネオリンピック最終予選で世界デビューを果たしております。

木村沙織選手の当時の活躍から「スーパー女子高生」と言われた事は記憶に残っております。
その世界デビューをきっかけに彼女の世界を相手にした戦いが始まりました。

日本国内のリーグ戦は勿論ですが、トルコリーグへの海外移籍も経験し一皮も二皮もむけて日本バレーボール界に復帰してくれました。

2016年のリオオリンピックが終わるまでの12年間は日本女子バレーボール界のエースとして頑張ってくれましたし、良くチームを引っ張ってくれたと思います。

木村沙織選手はリオオリンピック後ご結婚されましたが、心から祝福させて頂くと同時に、もしもママさん選手になっても日本代表として東京オリンピックまでは頑張って欲しいと思っております。

石川選手と吉村選手の混合ダブルス

2017年世界卓球選手権、今大会は日本人選手の多くの選手がメダルを確定させていますが、第一号の金メダルに輝いたのは、石川選手と吉村選手の混合ダブルスでした。

2015年では惜しくも銀メダルだった石川選手と吉村選手は、2年近くぶりにペアを再結成したそうです。
混合ダブルスはオリンピック種目にはないため、それぞれオリンピックでの種目に専念していたようです。

今大会、準決勝も決勝もフルセットにもつれ込む試合で、しかも同じようなパターンで大逆転をしているのです。
石川選手と吉村選手の最後まで諦めない心が、勝利をもたらしたのでしょう。

石川選手は、全日本選手権で年下の平野選手に負けています。
さらにアジア選手権でも先に平野選手が優勝したため、悔しい気持ちもあったのではないでしょうか。

ペアという違う種目ではありますが、今大会で金メダルに輝いたことは自信となりシングルスでもさらに良い方向に向くのではないかなと思います。

国内にライバル選手がいるとモチベーションも上がるでしょうし、国内のレベルも上がって卓球界全体にいい影響が出ると思います。

10代の若手の伸び盛りの選手がたくさんいますが、20代の石川選手もまだまだ壁となって活躍し続けてくれることを期待しています。

ラグビー日本代表、田村優選手がNECを退団してキヤノンとプロ契約

2015年のラグビーワールドカップで南アフリカを倒した試合にも出場した日本代表の田村優選手が、キヤノン・イーグルスとプロ契約を結び入団することが発表されました。
日本代表でもスーパーラグビーのサンウルブズでも不動のスタンドオフにて着した田村優選手は、プロ契約を求めてそれまで社員として所属していたNECグリーンロケッツを2016-17シーズン終了とともに退団しました。
複数のチームから声がかかったようですが、田村優選手はキヤノンを選びました。

キヤノンは、トップリーグの中堅チームで、2012-13シーズンからトップリーグに昇格した新興勢力です。
ラグビーの強化に積極的で、ニュージーランド代表(オールブラックス)のアダム・トムソン、南アフリカ代表のウィリー・ルルーなど有力外国人選手の補強にも余念がありません。
今季は田村優選手の他、ホンダからフィナウ・トゥパが移籍するなど発表されています。

また、新卒ではホセア・サウマキ(大東文化)、永富健太郎(同志社)など有望な学生が加入します。
トップリーグ昇格以来、11位、7位、7位、6位と地道に順位を上げてきたキヤノンですが、田村優選手の加入でチームに大きな柱ができました。
いきなり優勝は難しいでしょうが、今後の強化次第では、近い将来優勝することも夢物語ではないと思います。

そのためには、まずは田村優選手がチームにフィットすること、あるいは田村優選手中心のチーム作りをすることが、可及的速やかに求められます。
田村優選手としても、プロ契約を結べたわけですから、プレーの質を上げて、これまで以上のパフォーマンスをすることが求められます。
2017-18シーズンの田村優選手、そしてキヤノン・イーグルスは非常に楽しみです。

福原愛ちゃんの結婚相手!

福原愛ちゃんが台湾の卓球選手と結婚するということで、それ自体はいいことだなって思いました。
お相手の方も誠実そうな人だし、女性としての幸せっていうのも大事なことですよね。

ただ、どうしても結婚すると活躍できなくなりそうだと思ってしまうのは気のせいなのかな?って思ったりも。
年齢も年齢だし、福原愛ちゃんに関しては、家庭に入ってもいいようなって思ったりもします。

そろそろ後人を育てるって役割を担ってきているでしょうし、選手としての現役はこだわらなくてもいいのかなって思うところもあります。

でも、とにかく福原愛ちゃんの結婚発表のときは、日本中がお祝いムードでゲス不倫とかあったから、清潔感あふれる感じでよかったなぁって思います。
スポーツ選手には清潔感があるからいいですよね。

でも、とにかくよく周りが職場結婚するのと同様に、スポーツ選手は事情が分かっているスポーツ選手同士で結婚するのが幸せになる秘訣なのかなって思ったりします。
若い卓球選手たちも福原愛ちゃんの姿をみて、結婚したいとか思うんじゃないかなって思いつつ。

とにかく、一生卓球を続けても応援してくれる相手という意味ではいい人と巡り会えたんだなって思います。
二世の活躍とかも気になっちゃうな〜と思う今日このごろです。

世界レベルの女王、朝日生命体操クラブ時代の小菅麻里選手

小菅麻里選手…。
日本の女子体操界のヒロインだった選手。
日本のコマネチ選手と言っても過言ではないでしょう。。
とにかく演技が素晴らしかった。

私はこの選手に憧れ、器械体操を始めた。
この選手に憧れて同じ高校に進学を決めた。
世界選手権、オリンビックと数々の有力な外国人選手に紛れて争える選手だった。

全日本体操選手権では何回連覇を果たしだろうか。。
もう2度と日本人選手で小菅麻里選手に勝る存在は現れないだろうと思っている。

女子体操の演技は、床、跳馬、平均台、段違い平行棒の4種目で構成されているが、オールラウンドプレイヤーだった。
当時ムーンサルトが流行りの技だったが、日本人ではトップの演技力を誇った。
着地も完璧にこなし歓声をわかせた。

床でも、平均台の降り技でも、段違い平行棒の降り技でも…ムーンサルトを取り入れていた。
私が1番心に残っている技は、平均台で入り技が後方の身伸宙返りで始まり、そこから更に連続の身伸の3回宙返りを披露した。
この演技構成を取り入れたのは小菅麻里選手以外見たことがない。

幅10センチの台の上での技だ。
最近の外国人選手で世界レベルの選手達の演技を見てもこの技を取り入れている選手はいない…。
とにかくすばらしかった。

小菅麻里選手に憧れて高校でも私は器械体操部に入部した。
素質がなかったゆえに柔軟性もなかったので

何しろ情けない演技しか出来なかったが、ずっと小菅麻里選手に憧れながらトレーニングを積み重ねていった。

私も朝日生命体操クラブにも憧れがあったので、高校の部活の中で1度だけ朝日生命体操クラブで練習をさせていただいた経験がある。

広い体育館。
設備のととのったあの体育館の中で彼女は練習し日本一になったんだな…と思いながら、彼女をあそこまで伸ばしたコーチにも尊敬した。

とはいえ、小菅麻里選手は元々素質がある選手と言われていた。
今でもずっと私の中の憧れの存在だ。