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清武弘嗣選手の移籍

清武弘嗣選手は、 スペインのリーガ・エスパニョーラでトップレベルのクラブである、セビージャFCに所属しています。
彼は、それまでドイツのクラブでプレーしていたのですが、そこでの活躍が認められ、スペインの強豪クラブへ移籍することになりました。
清武弘嗣選手が入団した当初は、彼にも十分活躍するチャンスがあると思われていたのですが、その後クラブは有名で実力のあるミッドフィルダーを次々に獲得したのです。

その中には、フランス代表経験もあるサミル・ナスリというワールドクラスのプレイヤーも含まれ、清武弘嗣選手の立場は一気に危うくなりました。
清武弘嗣選手は、初めて出場した試合で1ゴール・1アシストの活躍を見せましたが、その後は目立った活躍を見せられずにいました。

一方で、新加入の選手はコンスタントに結果を残し続け、清武弘嗣選手は徐々に出場機会を失ってしまいました。
清武弘嗣選手は、日本代表として欠かせない選手ですから、出場機会に恵まれないのはとてもよくないことです。
スタミナも低下するし、なにより試合勘がにぶってしまいます。

ですから、私は清武弘嗣選手に他クラブへの移籍を考えてほしいのです。
彼は、十分に実績があるので、必要とするクラブは多いはずです。

その中から、清武弘嗣選手に合ったクラブを選び、たくさん試合に出て活躍したもらいたいです。
それが、日本代表のパワーアップにもつながると思うのです。

KAZU、横浜FCに所属するキングカズこと三浦知良選手

Jリーグとは、日本プロサッカーリーグのことで、1993年にスタートしました。
当時、強豪チームであったヴェルディ川崎に所属し、日本代表としても活躍されていた三浦知良選手は先日50歳の誕生日を迎えた横浜FC所属の現役Jリーガーです。

Jリーグ開幕当初は華々しい活躍でサッカー少年からの憧れの的でもあった「KAZU」は、そのままの勢いで今日まで現役生活を送っているわけではありません。
1998年、日本が初めてワールドカップに出場するとき、おそらく選手の中でも一番ワールドカップに出場したかったのは「KAZU」ではないでしょうか。

しかし、本人の意思とは反対に本大会出場メンバーから外されてしまいます。
日本中のマスコミが「KAZU」を取材する中、精神的にも肉体的にもモチベーションを維持するのもさぞ大変だったでしょう。

それ以降、日本代表に招集されることがあっても、世代交代として徐々に招集されなくなっていきます。
40歳の節目を迎えたとき、“今でも日本代表になりたい”と、「KAZU」はマスコミの前で言います。

そしてその想いがあるからこそ、50歳の今でも現役Jリーガーでいらると考えられます。
更に感心する点は自身の最年長ゴール記録を更新し続けていることです。

おそらく、50歳になった今でも日本代表へ招集され、ワールドカップに出場したいと思い、練習に励んでいることでしょう。
現在の社会ではあまり人の背中を見て成長ということが少なくなっているように感じますが、「KAZU」の背中を見て成長しようといているサッカー選手の良い見本となっていることに間違いありません。

セアド・コラシナツ、アーセナルの新人

イングランドのロンドン北部をホームとする人気のFCアーセナルに新たな戦力が加わりました。
「セアド・コラシナツ」選手23歳。

セアド・コラシナツはシャルケからフリーで移籍した選手ですが、アーセナル監督アーセン・ヴェンゲルからの期待は高まります。
フリーでシャルケから移籍できたのはアーセナルにとってこの上ない幸せでした?実際監督はこう語りました。

「私は彼を見てすぐに素質があると思った。だから彼に会ってみたんだ。そうしたら彼は良い精神でとても良い態度だった。私たちが思い浮かべる理想的な選手だったんだよ。彼との契約は素晴らしいバーゲンだ。こういう契約をもっと見つけたいね」

23歳でプレミア開幕スタメンの座を奪える選手をフリーで獲得できるのは、通常あり得ないことです。

今夏はネイマールのパリサンジェルマン移籍の話題で持ちきりでしたが、ネイマールは2017年現在25歳です。
獲得するためにパリサンジェルマンは何億費やしたのかというとおよそ290憶ですから、アーセナルは買い物上手と言えるでしょう。

しかしセアド・コラシナツの獲得理由は「お買い得」だったからではないのです。
セアド・コラシナツはファールをファールにさせないという体をもつ男なのです。

アーセン・ヴェンゲルは言います。

「彼はナチュラルに強い。暴力とかはなしで身体の力をかなり使うんだ。身体の力がすごいだけだからファウルに見えないんだよ。これはプレミアリーグに適応するために重要な素質だと思う。そして走り続けれられる能力があるんだ。試合の最後の3分の1でも走り続けていられるから、かなり危険な選手だと思うよ。魅力的なドリブラーではないかもしれないけど、走りの質は素晴らしい。彼がプレーするとき、試合に幸福をもたらしてくれるだろうね」

確かにDFにおいてタフさと体力の両方を兼ね備える選手はたくさんいますが、ファウルしないDFはそうそう多くはないですから、ファウルしてもファウルに見えない選手は最強と言っても良いですね。

加藤順大選手、大宮アルディージャ所属のゴールキーパー

大宮アルディージャ所属ゴールキーパーの加藤順大選手について書かせていただきます。
加藤順大選手は、浦和レッドダイヤモンズユースを経てトップチームである浦和レッドダイヤモンズへ入団しました。
浦和レッズに所属している時にはjリーグで大活躍しました。

加藤順大選手のプレーの特徴としては、ゴールキーパーは普通フィールドプレーヤーに比べてキック精度が劣るのが一般的なのですが、加藤順大選手はゴールキーパーにもかかわらず毎試合素晴らしいキック精度を兼ね備えています。
なので浦和レッズ所属の時には、ミシャ監督のゲームプランにキーパーのキック精度が必要不可欠であり、当時山岸選手とスタメン争いを加藤順大選手が競り勝ちスタメンを維持していました。

そして、ゴールキーパーといえばシュートストップです。
加藤順大選手のセービングは毎試合のように魅力的で素晴らしいものばかりです。
チームが大ピンチの時でも常にいい準備をしていてチームを救ってくれます。

大宮アルディージャがj2の時には開幕戦からスターティングラインナップに常にいて幾度となくチームを助け、大宮アルディージャをj2優勝そしてj1昇格へと導いてくれました。
大宮アルディージャにとってはいなくてはならない存在です。

玉田圭司は再びグランパスで輝けるのか?

戻って来た。
名古屋に玉田圭司が戻って来た。
名古屋を自由契約になった時は大変驚き、悲しかったがその玉田圭司がまさか名古屋に戻ってくるとは思わなかった。

玉田圭司と言えば体は小さいが巧みなボールタッチと切れ味鋭いドリブルが持ち味な選手。
もちろんストライカーとしての能力も抜群で名古屋が優勝した時のケネディとの2TOPはグランパスの中でも歴代№1かもしれない。

ただ、個人的にはストライカーとしての玉田圭司も好きだが、あっと驚くようなプレーをする所が一番好きだ。
試合中でも玉田圭司がボールを持つとワクワクしたものです。
絶対こっちにパス出すなと思ったら、全然違う選手にパスを出していて、相手DFも観戦している私も見事に騙された事が何度もあるぐらい意外性のあるプレーをよくしていた。

しかも、クールにプレーしているかと言えば、どちらかと言うと熱くプレーするタイプで、試合中に味方にも審判にも当然相手チームの選手にも吠えてるのをよく見た記憶がある。
そんな玉田圭司が戻ってくるのはグランパスサポーターは皆喜んでいるはずだ。

去年セレッソを見事J1昇格したのにも関わらずグランパスの話があったから、すぐに決めたなんて話を聞かされたら嫌でも応援したくなってしまう。
そんなファンタジスタ玉田圭司に期待したいのはJ1昇格と、その先のJ1で戦う玉田圭司を久々に見て見たいものだ。

船谷圭佑、復活を期す孤高のレフティ

いつもお世話になっております。水戸サポーターです。
これまで、湯澤洋介 本間幸司 橋本晃司 佐藤和弘を取り上げてきましたが、今回は孤高のレフティ船谷圭佑選手を語り尽くそうと思います。

船谷圭佑選手は三重県出身 今年で31歳を迎えるベテランです。
中学までは地元で技を磨き、高校生の時に部活ではなく、ジュビロ磐田のユースチームに進みました。

ユース時代から高い評価を集め、名波浩(現ジュビロ磐田監督)の後継者と呼ばれ、大きな期待と共に、2004年ジュビロ磐田のトップチームに昇格しました。
昇格後も、1年目は試合出場が無かったものの、2年目からはコンスタントに試合に出場し、本田圭佑(現ACミラン)や西川周作(現浦和レッズ)らと共に、20歳以下日本代表に選ばれU-20W杯に出場。
3年目にはプロ初得点を含む、19試合4得点を記録しました。

しかし4年目以降は伸び悩み、徐々に磐田でも試合出場が少なくなり、2012年サガン鳥栖に移籍しましたが、鳥栖でも在籍1年半で2試合出場に留まり、2013年夏に、水戸ホーリーホックにレンタル移籍で加入しました。

この水戸への移籍が、船谷圭佑選手にはプラスになったと私は思います。
水戸の柱谷哲二監督(当時)は、他チームで燻っている選手を抜擢し、試合で鍛える事に定評のある監督でした(橋本晃司もその1人)

夏からの加入というハンデがありましたが、13試合に出場し、持ち味の技術の高さ、左足の正確なキックで監督からもサポーターからも、評価を高めました。
水戸2年目からは背番号10を背負い、不動のレギュラーに定着し、40試合出場4得点を記録しました。

2015年をレギュラーとして活躍しましたが、翌2016年シーズン、船谷圭佑選手は苦しみました。
春先はレギュラーでしたが、普段、船谷圭佑選手が勤めているポジションで、湯澤洋介や佐藤和弘が台頭し、船谷圭佑選手は夏以降ベンチを温める機会が多くなりました。
結局、船谷圭佑選手の2016年は33試合2得点に終わり、本人も不本意だったと思います。

それでも、私を含む水戸サポーターが、心の中で1番期待しているのが船谷圭佑選手だと思います。
船谷圭佑選手の何処か、のほほんとした雰囲気に惹かれるサポーターも、実際に多いですし(笑)キャプテンとして、苦しい時もチームを引っ張ってきた姿を、私達サポーターは見ています。

背番号が7番に変わった今シーズン、船谷圭佑選手がピッチで躍動する姿を見るのが、1人の水戸ホーリーホックサポーターとして楽しみです。
今回も、目を通して頂きありがとうございました。

馬場賢治選手の魅力

今回取り上げるのは、漢!!馬場賢治選手です。
馬場賢治選手は神奈川県出身の31歳、今年でプロ10年目のベテランで攻撃、守備どの局面でも常に全力プレーを見せてくれる、サポーターからの信頼の厚い選手です。

神奈川県屈指の強豪高である、桐光学園で頭角を現し、進学した近畿大学でも活躍し、2008年ヴィッセル神戸に入団しました。
即戦力ルーキーとして、期待も大きく1年目から16試合に出場し、2年目にはプロ初得点も記録しました。

3年目に移籍した湘南ベルマーレに移籍し、その後一時期神戸に戻りますが、4年間湘南でプレーし、12年シーズンには9得点を記録するなど、主力として活躍しました。
2014年には、レンタル移籍で水戸に入団して、30試合出場7得点と期待通りの活躍を見せ、オフには晴れて、完全移籍で正式に水戸に入団しました。

翌2015年は、開幕から水戸は低迷し、馬場賢治選手を水戸に呼んだ柱谷監督が更迭される等、チームにガタガタになりましたが、馬場賢治選手はその中でも安定したプレーを見せ、終わってみれば40試合出場9得点と自己ベストに並ぶ成績を残しました。

翌年、馬場賢治選手は悩んだ末に水戸を離れ、カマタマーレ讃岐に移籍をしました。
本人は、水戸の街をかなり気に入っていたので、かなり悩んだそうです(馬場賢治選手のブログトップページの写真は偕楽園)

讃岐1年目の16年シーズンは、42試合フル出場するも、5得点に終わり、チームもJ2リーグ19位でシーズンを終え、馬場賢治選手にとって不本意な成績に終わりました。
昨年の馬場賢治選手は、本来の攻撃的なポジションだけでは無く、守備的MFを任されていましたが、私は、馬場賢治選手が全てのプレーに全力を尽くすから、大事なボランチのポジションを任されたのでしょうね。

今年は、チームの副キャプテンも任され、馬場賢治選手も気合い充分な事でしょう。
三島選手同様、ケーズデンキスタジアムの凱旋が、今から、楽しみで仕方がありません。